旧飴屋門(きゅう あめや もん)

2015年7月17日

行橋市内の指定文化財一覧

旧飴屋門 

市指定有形文化財(建造物)                

指定年月日:平成13年10月1日            

所  在  地  :行橋市行事5丁目5番3号 


 

 行事飴屋は江戸時代、宝永年間(1704~1711)頃から栄えた小倉藩屈指の豪商です。農業の片手間の飴商から始まり、綿実(油の原料)商、酒造業など事業を拡大していきました。たびたび小倉藩に献金して藩の財政を支え、明治時代初めの全国の長者番付「大日本持丸長者鑑」にも名を連ねています。

 

 幕末頃に描かれた「大橋村行事村宮市村見取図」によれば、飴屋の屋敷(玉江彦右衛門宅)は中津往来(城下町小倉と中津をつなぐ主要道)と、長峡川沿いに田川方面に向かう道の交差点に面しています。長峡川に架かる当時唯一の橋(万年橋)のすぐそばです。長峡川の対岸には、今川につながる運河である舟路川も接続していました。

 陸路や長峡川、今川などの河川を使って京都郡、仲津郡の物資を集め、大坂など上方とも商売をしていました。

 

 敷地内には三層四階建ての「快哉楼」という建物もありました。市内出身の漢詩人、村上仏山をはじめ、田能村竹田、頼山陽といった著名人が多数訪れています。


 

旧飴屋門は天保年間(1830~44年)頃に建てられました。小倉藩主の領内巡検の際、これを迎え入れるために建てられたため、「御成門(おなりもん)」と呼ばれました。藩主を迎えるのにふさわしい、薬院門(やくいもん)という格式の高い型式で作られています。

潜り戸が付いた本瓦葺きの重厚な造りが、藩を支えた豪商の風格を今に伝えています。

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