稲童1号掩体壕(いなどう いちごう えんたいごう)

2016年3月23日

行橋市内の指定文化財一覧

稲童1号掩体壕 

市指定史跡                                            

指定年月日:平成14年12月2日                 

所  在  地  :行橋市大字稲童1095-17 ほか

 


 

 掩体壕とは、戦時中に敵の空襲から軍用機を守る目的で造られた格納庫です。

 稲童地区は、旧築城海軍航空隊基地に隣接していたため、起伏のある地形を利用して掩体壕、地下通信司令部壕、その他の軍事施設が建設されました。

 建設された掩体壕には大型のものと小型のもの、また天井のある有蓋掩体壕と無い無蓋掩体壕に分けられます。天井の無い無蓋掩体壕は、飛行機の周りを囲むコ字形の土手です。上からの直撃弾から軍用機を守ることはできませんが、横からの爆風や破片を防ぐことができ、有蓋掩体壕より簡単に建設できます。

 


 

 築城基地は昭和14(1939)年12月から建設を開始し、昭和18(1943)年4月に完成しました。戦況の悪化から本土が空襲されるおそれが生じたため、翌年8月頃から掩体壕の建設が始まりました。稲童1号掩体壕もその1つです。

 

 稲童1号掩体壕は鉄筋コンクリート造の有蓋掩体壕で、入口は幅26.8m・高さ5.5m、奥行きは23.5mと大型です。大型の掩体壕は陸上爆撃機「銀河」、「一式陸上攻撃機」などの中型軍用機を格納するために建設されました。

「銀河」格納状況 

 

 掩体壕自体は土を盛り、草木を植えるなどして自然の小山のようにカムフラージュしていたようですが、掩体壕と滑走路との間には幅40mの誘導路が設けられたため、稲童地区は激しい空襲の目標となってしまいました。

 

 空襲は昭和二十(1945)年3月に始まり、終戦直前の8月7日には数十名の死者を出し、多数の軍の施設や民家が焼失しました。

 

 現在も、稲童1号掩体壕の天井前面をはじめ、稲童地区の安浦神社の鳥居や灯篭、周辺のレンガ塀などに機銃掃射の弾痕が残っています。


  稲童1号掩体壕は史跡広場として整備しています。

稲童1号掩体壕パンフレット(8MB)

稲童地区の戦跡分布図(1MB)

近代 戦争遺跡 稲童校区

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